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センダン (センダン科)

 諺で「双葉より芳し」といわれる栴檀(せんだん)は香木で有名なビャクダン(ビャクダン科)の別名で、センダン科のセンダンとは無関係。センダンはオウチともよばれ、文学では旧仮名遣い「あふち」または漢字表記「楝」でしばしば登場する。
 世界の熱帯、亜熱帯の各地で栽培され、しばしば野生化もしているので原産地は不明とされる。日本でも本州以南でよく栽培され、暖地では林内にも生える。
 平安時代には端午の節句にショウブなどとともに枝を飾られた一方で、中世には三条河原にあった木に源義朝や平宗盛らの首をかけて曝し、江戸時代には鈴ヶ森の刑場の周囲に植えられたという。
 初夏に淡紫色の小さな花を高い枝に多数つけるが(図1)、花弁や雄しべが樹下に散り敷いたのを見て初めて花期が来たのに気づくことになりがちである。果実は秋に熟したまま冬になっても枝先から垂れ下がっていることが多い(図2)。柔らかい果肉に包まれて縦に数本の溝のある木質の核があり、その中に数個の種子が入っている。
 創立当時回顧座談会(1936年)での和田八重造講師(博物)の談によれば、創立の翌年(1923年)の春に松浦茂寿助手が土佐から背負ってきた実を播いたものが芽を出し、座談会当時20本ほどあったという。一ノ橋の近くにある大木はその生き残りかも知れない。せせらぎ広場の東にも大きな木があるが、その若木を見た現職教職員もいるので、樹齢は50年未満と思われる。東門脇の木は、1985 年ごろに高中生物の百済弘胤教諭が鵜原寮から拾ってきた核を鉢に播き、のちに苗を定植したものである。そのほか鳥の糞から生えたと思われる若木が構内各所に見られ、中には2mを超えるものもある。放置すれば何年も経たないうちに大木になるかも知れない。
 樹皮には縦縞に近い網目状の模様ができ(図3)、材は火葬の薪や棺桶に用いられたこともあるが、軽くて柔らかく家具や細工物の良材とされる。生薬では果実を苦楝子(くれんし)、樹皮を苦楝皮(くれんぴ)とよび、それぞれ腹痛薬、虫下しに用いられた。

図1 センダン

図1 花。2002/05/17、武蔵学園

図2 センダン

図2 果実。1991/12/21、茨城県玉里村

図3 センダン

図3 樹皮。2011/01/31、武蔵学園
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