第4回 生成AI時代の教育デジタル化とデータサイエンス

今回は武蔵大学社会学部メディア社会学科の庄司昌彦教授と粉川一郎教授が、武蔵中学・高校の卒業生でもある、内閣官房デジタル行財政改革会議事務局の吉田宏平次長に、生成AI時代の教育デジタル化とデータサイエンスをテーマにお話をうかがいました。

プロフィール

データサイエンス研究所対談

中央:吉田宏平(よしだこうへい)

内閣官房デジタル行財政改革会議事務局次長。
1994年郵政省(現 総務省)入省。主としてインターネット政策や携帯電話の普及政策、ICT化の推進等に従事。株式会社電通(官民交流)等を経て、2018年内閣官房IT総合戦略室にてデジタルによる新型コロナ感染症対策やデジタル庁創設に従事、2021年デジタル庁参事官(総括・総務)、2023年総務省情報通信政策課長を経て現職。

右:庄司昌彦(しょうじまさひこ)

武蔵大学社会学部メディア社会学科教授。
2002年、中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了。修士(総合政策)。2002年、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員。2015年、同准教授・主任研究員。2018年、同准教授・主幹研究員を経て、2019年4月より現職。デジタル庁オープンデータ伝道師、デジタル庁「データ戦略推進WG」構成員も務めている。著書に『入門メディア社会学』(分担執筆)。

左:粉川一郎(こがわいちろう)

武蔵大学社会学部メディア社会学科教授。
1997年、筑波大学大学院修士課程環境科学研究科修了。修士(環境科学)。三重県生活部NPO室市民プロデューサーを経て、2004年、武蔵大学社会学部メディア社会学科専任講師。2011年より現職。専門は、ソーシャルメディア論、NPO論、行政と市民のパートナーシップ。著書に『社会を変えるNPO評価』(単著)。

入省以来、情報通信政策を支えてきた

庄司教授(以下、庄司):本日はよろしくお願いします。吉田さんは、近年ではデジタル庁の立ち上げに携わられ、現在は内閣官房デジタル行財政改革会議事務局次長を務めていらっしゃいます。まずは吉田さんの自己紹介と現在のお仕事に至る経緯についてお伺いできればと思います。

吉田次長(以下、吉田):1994年に郵政省に入省しました。インターネットが一般に広く普及し始めたのは1995年頃なので、そういう意味ではインターネットと携帯電話の普及、市場の成長とともに公務員生活を送って来たところがあります。郵政省は2001年に総務省になり、基本的には情報通信関係の業務でその普及や制度設計などに携わってきました。例えば携帯電話の会社を変えても番号を引き続き使える番号ポータビリティの導入などもそうです。

ちょうどコロナ禍の1年前となる2018年に内閣官房の情報通信技術総合戦略室に出向しました。1年目はデータ活用に関する業務を行っていましたが、2年目となる2020年にコロナ禍が起きました。隣国の台湾でのデジタル活用など先進的な事例も参考にしつつ、コロナ禍に対応するためにはデジタル化の推進が急務だということで、政府全体のテックチームを立ち上げました。というのも、霞が関全体が非常にアナログだったのです。
 
パソコンのスペックも含めてオンライン会議すらスムーズにできない状態でしたから、まずはリモート会議アプリケーションのアカウントを配布する所から霞が関の業務改革を始め、コロナ禍を乗り切るために社会全体をデジタル化することに取り組みました。
 
いざそうしたことに着手して明らかになったのは、霞が関のみならず日本社会における生活のあらゆる場面でのデジタル化の遅れでした。当時もよくニュースなどで話題になりましたが、感染防止のためにテレワークをしているにもかかわらず、取引先にFAXを送るため、あるいは契約書にはんこを押すために会社に出社しなければならないなど、アナログな業務プロセスの慣習が残っているがゆえにデジタル化が遅れている事例が多々見られました。
 
最前線でコロナに対峙している医療・保健機関の体制にも課題がありました。当時はオンライン診療の普及も不十分でしたし、各医療機関での検査結果から分かるコロナの感染状況や、病院の稼働状況などをリアルタイムで把握する手段がまったくありませんでした。例えば保健所から都道府県経由でExcelデータが厚労省に集まり、それらを毎晩若手の官僚が徹夜しながらExcelデータを統合して各自治体および全国の感染状況を把握しているという状況でした。

教育もオンライン教育の推進が必要だと昔から言われてはいましたが、GIGAスクールの端末が配布されたのがその1年後です。まだそれがない状況で全国一斉臨時休業になってしまい、ドサドサと紙の教材が家に送られている状況でした。本当にあらゆる側面でデジタル化が中途半端だったのです。
 
内閣官房のIT総合戦略室は、2001年にIT基本法(現在はデジタル社会形成基本法)が施行された前年から、当時は内閣官房IT担当室という名称で日本をIT先進国にするために設置されました。当初の業務はブロードバンド・インターネット環境の整備です。そのインフラの整備は割とうまくいきました。ところが、そこから先が止まってしまいました。つまり、ブロードバンド環境でパソコンが使える状態にはなったものの、それを使って何をするのかというビジョンが欠けていたのです。その結果が、先ほど申し上げたコロナ禍で顕在化した、各分野でのデジタル敗戦といえる状況でした。それに対し、2020年9月の菅内閣組閣後に看板政策の一つとしてデジタル庁の構想が立ち上がり、IT総合戦略室にいた私たちも参加して本格的に動き出して2021年9月1日にデジタル庁が発足します。

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庄司:デジタル庁設立の際には、どのような役割を果たされましたか?

吉田:基本的には総括の課長として中堅管理職のような立場でした。立ち上げの際には経産省、総務省、財務省、厚労省、民間組織などさまざまな省庁から優秀な方がたくさん集まりました。時にはバックグラウンドが異なるがゆえの衝突があるなど新組織立ち上げならではの苦労もありましたが、楽しく仕事をしていました。デジタル庁で目指すことは、誰一人取り残されないデジタル社会を作ることです。これは国や各自治体の行政サービスのデジタル化も含みますが、国民の生活に密接に影響する教育や医療、防災の面でも官民連携でデジタル化を進めます。こうしたことを「準公共」と私たちは呼んでいます。なぜ“準”かというと公共だけではなく民間も入ってくるからです。官民連携で政策を進めるにあたっては、データ連携や、さまざまなプラットフォームでの取組みが必要になってきますから、そうしたことこそ国が主導していく意義があります。

庄司:
内閣官房が掲げているデジタル行財政改革では準公共も含んでデジタル化を進めるということかと思います。これは具体的にはどういうことを目指しているのでしょうか。
 
吉田:基本的な問題意識は人口減少です。日本の総人口がピークを超えてしばらく経ちますが、これからどんどん減っていきます。2024年の1月に人口問題研究所が「2100年に人口8,000万人を目指すべきだ」と提言をしましたが、2100年の時点で8,000万人を維持するというのは今の出生率からすると相当な努力が必要です。少しずつでも出生率を上げていかないといけませんが、現状を見れば当面は減る一方です。2050年には生産年齢人口(生産活動の中心となる15~64歳の人口)が現状から25%減の5,540万人と推計されていますが、そうなると公共サービスの送り手も当然減るわけです。

そうしたことがこれから顕著になっていく中で、公共サービスおよび準公共サービスをいかにして提供し続けることができるかということが、行政の切実な問題意識としてあるものの、率直に申し上げると霞ヶ関で各省庁が定めてきた従来の法制度がそれに対応したものになっていないのが現状です。この課題に対応するためにも、制度や仕組みをアナログ前提からデジタル前提にし、労働者1人あたりの生産性を高める取り組みを政府全体で行っています。

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デジタル敗戦からAI先進国になるために

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庄司:人口8,000万人の目標年となる2100年というのは、私たちの世代からすると遠い未来のように感じるわけですが、人生100年時代とするならば、今の子どもたちが高齢者になった頃に当事者として迎える時代です。今日はテーマとして教育のお話を伺っていこうと思いますが、教育のデジタル化に関する現状の課題や将来の懸念について吉田さんのご意見をお聞かせください。

吉田:2019年の時点では、日本の小中学生のデジタル機器の学習に使われる時間がOECD諸国の中でも非常に短いことがPISAの調査から明らかになるなど、明らかな遅れが見られていました。そうした課題を解決するためにGIGAスクール構想が立ち上げられたのは2019年のことです。2021年には小・中学生に対して1人1台の教育用端末が使えるようになったり校内LANが整備されるなど、ICT教育の環境が大きく変わりました。もちろん端末が配られたことだけが要因ではないと思いますが、実際に2022年のPISAでもスコアが大きく改善されるなど具体的な成果につながっています。
 
庄司:すごいですね。日本は一度何かを始めると一気に進んでいく所があります。
 
吉田:そうなんです。2000年代初期に行ったブロードバンドの普及と同じように、インフラや端末を全国に整備するところまではできるのです。ただ、そこから先にある課題もブロードバンドを整備した後と似通っていました。これは会議の中で有識者の先生が言われた話ですが、「普及率をKPIにした教育政策は必ず失敗する」と。私も同感です。
 
単に「パソコンの使い方がわかりました、検索の仕方が分かりました」というだけでは何も変わらないんですよね。そこからどこまでそれを使いこなせるかを考えないといけない。文科省の調査によると、1人1台端末を週3回以上授業で活用しているだけに留まっているのが9割以上。これが教員と生徒がパソコンのやりとりをしているかという問いになると、その時点で5割にまで減ってしまいます。生徒間の協働学習に至っては3割程度です。本当はそこまで使いこなせるようにならないと、ICT学習の真価は発揮できません。そうした課題について、文科省だけではなく民間も含めたさまざまな立場が協働して考える土俵が今でき始めているので、それを推進していきたいですね。
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庄司:学校の先生だけで考えるのもおそらく限界がありますよね。
 
吉田:生徒が関心を持ちやすい産業の最先端で働く人が少し授業に関わるだけでも大きく変わると思います。例えばX(旧Twitter)でセガの公式アカウントが、数学の知識はゲーム開発を支える知識だと言って「セガ社内勉強会用の数学資料」を公開した投稿が以前話題になりましたが、数学の授業で5分間ゲーム会社の人がオンラインで生徒と会話するだけで、おそらく生徒たちの学習に対するモチベーションは大きく向上すると思います。今はそうしたことができる環境です。
 
庄司:それは本当にそうですね。それこそこれからはAIを使う場面を体験することもできるわけですよね、

吉田:もちろんプログラミング言語まで学んで、それを仕事にできたら最高だと思いますが、そうではない人たちが大半です。しかし、プログラミングの中身は分からないけれど、それで何がなされているのかは理解できる人たちがこれから増えてくるはずです。同じことがAIについても言えますよね。AIをきちんと理解して最先端の使い方をこなすのは、もちろん目指すところの一つではありますが、まずは利用者として使い倒せるようにする。それは別にAIを意識しなくてもいい話です。例えば英語の授業でネイティブの発音と自分の発音を比べてAIがスコアリングしてくれるようなアプリを使うと、そうしたゲーム的な要素が生徒のモチベーションを上げて夢中になって取り組むわけです。そうすると、いつの間にか発音がすごく上達している。これは裏でAIの技術を使っていますが、AIの授業でもなんでもない。そんな形で出てくるんじゃないかなと思います。
 
庄司:教室で英語をネイティブ発音するのが気恥ずかしいから、わざと片仮名発音っぽくするのが日本の悪いところですが、ゲームになって高得点を取るためなら正しい発音に似せていこうというモチベーションにつながりますよね。

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粉川教授(以下、粉川):ここまで教育とデジタル化についてのお話を伺って少し懐かく思い出したのが、私の恩師である故中山和彦のことです。彼は日本のCAI(ComputerAssisted Instruction:コンピュータ支援学習)研究の第一人者であり、どこに行ってもネットワークがつながる情報コンセント構想などでも知られています。中山が1980年代に書いた『未来の教室』という本では、CAIの重要なポイントとして、コンピュータと生徒がやりとりするのではなく生徒間のインタラクションをいかに高めていくかということがあげられていました。40年近く前の話ですが、まさにそれができる時代になってきていますね。
 
今おっしゃった英語の発音学習をゲーム的な要素を入れてAIが支援するというのは、AIがファシリテーター的な役割を持って子どもたちの間のインタラクションを作っているという見方もできます。私たちはAIを教えるというよりは、AIを教育現場でファシリテーションをしてくれる存在として位置づけていくことが大切なのではないかと思いました。
 
吉田:本当にそうですね。的確に表現していただきありがとうございます。

庄司:
AIの活用自体も何年か前から大きな話題になっていた一方で、ここ1年半ほどの間に起きた生成AIの普及と進化はめざましいものがあります。特に教育現場や行政での生成AIとの向き合い方について、吉田さんはどのようなお考えをお持ちですか?
 
吉田:例えば横須賀市などの自治体では割と早いうちから業務で生成AIを使っていますよね。今も多くの自治体で生成AIが活用されはじめています。そこは当然それぞれの自治体で試行錯誤があり、そうした状態がおそらく暫くは続くと思います。何かを決め打ちしようと思ったら、また新しい技術が出てくる状態ですから。なので例えば行政のAI活用に関しては毎年1回ワークショップやアイデアソンを開催する状態でいいのかなと考えています。ただ最近は利便性とともにリスクがだいぶ注目を浴びているので、それがブレーキになりすぎないようにしないといけないとは思いますが。

庄司:
新しい技術の自治体での活用については私も思うところがあります。例えばメタバースや暗号通貨は、割と実験的なことを積極的にやっていたケースが多かった一方で、生成AIに関してはいきなり実戦投入になってしまったせいか、使い方が保守的になっている傾向があるように思います。絶対に間違いが出てはいけないとか、それこそ機械学習の素材として使われないように、絶対にAIにデータを残さないという具合にすごく手堅い使い方をしているのを見ると、逆に試行錯誤が足りないのではないか、もっと冒険した使い方をした方がいいのではないかと思います。学習の現場でももっと創造的に子どもたちに使ってもらったり、先生たちも色々試した方がいいと思うのですが。
 
吉田:できることの幅と水準はすごく広がったと思うので、行政も、教育も、どんどん使ってみた方がいいと思います。そこから新しい使い方がまた出てくるはずですから。そうした試行錯誤の結果、使い勝手が良くなるし生産性も上がるはずです。
 
庄司:でも特に行政だと慎重論や抵抗を受ける場面も多いのではないでしょうか。
 
吉田:そうでしょうね。なので行政としてはあらかじめ対外的な説明は用意しないといけないし、学校もそうだと思います。それらを用意したうえで、その中でできることをどんどん使っていくということが肝要です。
 
粉川:学校の教育現場で生成AIの話をするときに、一番ポイントになるのはプログラミングの部分だと思います。生成AIは一見するとチャットボットのようなイメージがありますが、本当はプログラミング言語そのものですよね。アセンブラの時代から、いかに自然言語でプログラミングができるようにするかという流れがありましたが、今ようやくそれが実現して本当の意味の高級言語になってきたわけです。それならどういう形でChatGPTをプログラミング言語として活用してプログラムをさせるかという部分にフォーカスを絞って教育をして、国民の多くが自然言語でプログラミングができる素養を持つことができれば、それは他国に対しても大きなアドバンテージになるはずです。

おそらく自治体や学校現場で生成AIを使う際に、大きな分岐点となるのはクラウドでAIを動かすのではなく、ローカル端末でAIを動かしていこうという流れがあることです。iPhoneもニューラルチップを使っています。Intelも新しいCoreプロセッサーでAIをローカルで動かす流れを作っています。ローカルでAIを使えれば使い方がガラッと変わるはずです。自治体でも、スタンドアローンで外部に情報が流出するリスクを負わずに済むのであれば、これまでは扱えなかったセンシティブなデータを学習させて、例えばさまざまなハンデを抱えた住人や困窮している世帯に対してどう介入すべきかを判断できる精度の高い判定システムを作ることができると思います。そのあたりについては政府はどのような方針でいるのでしょうか。

吉田:基本的には例えば防衛に関わるような本当に機密性の高いデータでない限りはクラウドで扱う方針です。とはいえOpenAIは米国企業なので不安を感じる方はまだまだいらっしゃいます。それに対しては、日本からデータを海外に出さないことを保障してセキュリティも最高水準であると説明しているのが今の状況です。
 
庄司:自治体は特に外国企業のクラウド環境にデータがいくことへの抵抗感があるので、ローカルでやれるのであれば歓迎される傾向はありそうだと思います。

学生時代こそ背伸びをして知の深淵を探求してほしい

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庄司:さて、ここからは話題をガラッと変えて、吉田さんの武蔵中学・高校時代のお話も伺ってみたいと思います。当時の吉田さんは、どんな生徒でしたか?
 
吉田:武蔵中学・高校には、ずば抜けて頭がいい人間や、すごく議論が強い人間、やたらと博識な人間、リーダーシップがすごくある人間と、優秀な生徒がたくさんいました。その中で正直なところ平凡な中高時代を送ったと思いますね。ただ、自分にとっては今の人格の相当部分を作ってもらったと感じています。
 
どこで作られたかというと、音楽部ブラスバンド班と図書館でした。ブラスバンドは大学の講堂で定期演奏会を開いていました。やはり大学と同じ環境にあることの恩恵をすごく受けましたね。定期演奏会で講堂を使わせてもらったというのももちろんありますが、私にとって大きかったのは図書館です。
 
そこはすごく知的な背伸びができる環境で、当時は本だけではなくレコードやレーザーディスクもありましたね。そこでクラシック音楽をずっと聞いている生徒もいましたし、僕は本好きの仲間がいたので自分たちが興味のある翻訳を読んでいました。
 
中学生の時に岩波文庫で読んだ『モンテ・クリスト伯』について印象的な出来事があって、当時、級友たちと大学図書館に行くと、今度はそこに岩波の翻訳よりも1世代前の翻訳本があるんです。『モンテ・クリスト伯』にはユージェニーという人物が出てくるのですが、これをその当時の翻訳者は「夕蝉」と漢字を当てて訳しているんです。
 
庄司:夕蝉と当てたことで、また想像が広がりますよね。
 
吉田:そうなんですよ。たぶん当時の日本はそのようにして西洋の文化を受け入れたのでしょうね。歴史の授業で、一年かけてずっと、明治時代に西洋の知識・文化・技術を導入して西欧列強に伍していこうとした過程を強烈な板書とともに学んだり、国語で井上ひさしさんの本で日本語・日本文法を学んで?いたのと結びついて、この図書館での経験は映像的な記憶として残っています。それから、図書館を出た所に武蔵学園の三理想が掲げられています。
 
・東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物
・世界に雄飛するにたえる人物
・自ら調べ自ら考える力ある人物
 
好奇心の強さというものは、この三つ目にある「自ら調べ考える力」に立脚します。ですから、学園生活の中で好きなものをどんどん広げていく時間は私にとってとても大切でした。
 
庄司:学園生活の中で記憶に残っている先生はいらっしゃいましたか?
 
吉田:中1のときの担任で生物学を教えていた百済先生の影響が私には大きかったと思います。やはり子どもの頃の印象的な記憶というのは今でも鮮烈に残っているものですね。中学1年生の夏に山上学校という行事がありまして、群馬県の赤城山にある赤城青山寮で登山や自然観察などを体験する合宿を行います。そのときに配布する小冊子を百済先生が作られたんです。
 
そこには、何をやってもいいし、そこから学んでくれという主旨のことが書かれていました。「ただし、困ったことがあれば汲んであげます」という一言が添えられていたんですね。その「汲んであげます」という表現がとても印象的でした。つまり、生徒の何もかもを管理するのではなく、本当に必要な最小限の部分だけ、生徒が自ら考え求めてきた時に、教員である自分が手を差し伸べるという姿勢をお持ちになっていた。それを子どもながらに感じました。武蔵は校風が自由であることが知られていますが、その自由の中でも当然責任もあるわけです。ただ、その責任についてあまりくどくど言わずに、そのような表現で書いたのだなと理解しました。
 
粉川:そこで「汲んであげます」と書くということは、まだ小学校出たての中学生を一つの人格や判断力を持った人間として対等に見ていたということですよね。
 
吉田:まさにそうです。
 
庄司:生徒達は、そうした自由をうまく活かすことができましたか?
 
吉田:それが前提の学校だったので、大きく履き違える人はいませんでしたね。もちろんはっちゃけちゃうときはありますよ。でもそれでハチャメチャになって収集つかないかというと、そんなことはありませんでした。やはり、先ほどお話ししたような態度で先生方が私たち生徒に対峙してくださったからこそ、自由との適切な付き合い方が身についたのだと思います。
 
庄司:最後に、武蔵中学・高校の後輩たちに向けてのメッセージや、武蔵大学への期待などについて伺っていければと思います。武蔵学園データサイエンス研究所は、武蔵大学の社会学部が支えつつも、中学高校も含めた武蔵学園全体の研究所として運営しています。人文社会科学系の大学の中で、データサイエンス研究をどのように確立していこうかを模索し続けています。本日伺ってきたお話からも、AIやデータの活用を社会に実装していくためには、そうした体制や仕組みを作るだけでは不十分で、幅広い知識が必要だと言うことが窺えました。それらを踏まえて、本研究所に対して吉田さんが期待されることはどのようなことでしょうか?
 
吉田:これから先はさらにAIやデータ活用に対する期待値は高まると思いますし、武蔵大学の卒業生も色々な大事な局面でご活躍いただける方が育っていると思います。ただ現状としてはデータサイエンスの普及と定着への道には多くの課題があります。従来、カンや経験で行われてきたやり方をデータで見える化し、分析し、改善するプロセスが必要なのは言うまでもありません。一方で、見えて分析した後に、そのデータでどう世の中を動かすかという点では、まだ十分に手法が整っていないのだと思います。
 
例えばマイナンバーカードを保険証として使えるようになっており、これから急速に普及させて従来の保険証を廃止することになっています。ただ、現状としては病院・診療所でのマイナンバーカードの利用率が不足しているので、これを進めるためには、例えば「どの地域は普及が進んでいる」「この病院はできる、この病院はできない」という見える化はやろうと思えばできるわけです。実際にやるかどうかは別ですが。しかし本来であれば、国民運動として、マイナ保険証を普及することによるメリットを理解した上で普及が進むのが本筋ではないでしょうか。確実な本人確認によるなりすましの防止、既往の投薬データなどを確認することによる、より良い医療や重複投薬の防止、保険証を発行・送付しなくてすむことによるコスト削減などのメリットは語られていますが、データを見て国民・利用者が納得して行動変容を起こすための広報やマーケティングといった、定着させていくための手法がまだ模索中なのだと思います。このように、新しい技術の社会実装にあたって、データを見える化して分析した後で社会の定着させていくプロセスについては、まだまだ試行錯誤なので、そこをぜひ、この研究所で考えて良いアプローチを生み出していっていただけるとすごくありがたいと思います。
 
庄司:ある程度の理解と基礎的な素養が必要ですね。武蔵中学・高校の後輩に向けてのメッセージもお願いします。中高の卒業生達は色々な分野で活躍される方が多いですが、武蔵学園の校風を6年間の学園生活の中で何となく共有しているところがあると思います。
 
吉田:やはり、自ら調べて自ら考えるということを存分に味わってほしいと思います。そのための環境は格段に良くなっていると思うんですよね。僕も大好きな図書館はまだありますし、それ以外にも今はネットでさまざまな情報が手に入りますから、興味があることややりたいことはどんどん自分で掘り下げられる環境だと思います。
 
これは武蔵に限りませんが、やはり中高生時代というのは背伸びの時代だとも思うので、どんどん背伸びしてほしい。YouTubeの5分動画で色々な知識を得たりハウツーを見るのもいいのですが、さらにその先にある深い知識にもぜひ触れて欲しいと思います。それこそ大学のウェビナーなどで一般公開されている授業や、さらに欲を言えば英語圏の大学が配信しているAIの専門的な知識を学べる授業にもアクセスできるので、そこまでぜひ挑戦して欲しいですね。これは社会人にも言えることですが。
 
庄司:自分で勉強をする環境、自分で背伸びをする環境がどんどん整ってきているというのは本当におっしゃるとおりですよね。AIでも何でも使いこなして背伸びしよう!というのはすごくいいメッセージだと思いました。本日はありがとうございました。

(Writer:高橋ミレイ)