トップ
TOP

トップ 武蔵学園のあゆみ 武蔵学園記念室 記念室書庫 写真館写真館バックナンバー2015年4-5月

写真館バックナンバー2015年4月-5月

2015年度バックナンバー
4-5月 6-7月 8月 9-10月 11-12月
2014年度バックナンバー
5月 6月 7月 8月
9月 10月 11月 1月
今月の特集   旧制武蔵高等学校の日々 4 昭和初期  
 今回は1928(昭和3)年から1941(昭和16)年までの写真を紹介します。1928年は、武蔵が生徒、教師陣、施設・設備を充実させ、私立七年制高等学校としての基礎固めができた年でした。
 一方、日本は急速に戦争へとむかっていましたが、武蔵の生徒・教師はどのような思いでいたのでしょうか。記念室名誉顧問の大坪秀二元校長は、「戦争に対する態度は生徒も教員も各人各様だったが、反戦的、厭戦的な人も少なくなかった。筆者は日米開戦の少し前、第1次大戦の厭戦詩をある教師が教えてくれたことに感動した」「その教師は日米開戦の日の授業で興奮する生徒たちに『浮かれてはならぬ。事態は絶望的だぞ』と諭されたときく」という旨の解題を「旧制武蔵高等学校編年史」に書かれています。
 しかし、時代の渦、歴史の歯車は、国家への不服従、戦争批判を許さぬ方向へ回転し、武蔵もそれに無縁ではいられなくなっていきました。

GK006-051s

1928年4月15日、記念祭。航空機用イスパノスヰザ発動機三百馬力の展示。アジア歴史研究センターに武蔵高校これを払い下げる旨の記録があり、昭和3年に教材として払い下げられたようだ。同時にプロペラも払い下げられたが写真にはない。ガラス乾板。

GK004-073s

1931年撮影。和田八重造先生指導による農園作業。 背後に愛日寮、旧体育館。この年、中学校令施行規則において自然学教育が、知識を記憶させる方式から実験・観察を入口とすることに改められた。和田先生が多年主張し、武蔵で実践されてきたことが正当化されたことになった。

GK004-078s

同じく1931年、和田八重造先生指導の下での農園作業。生徒らが持つのはカブであろう。 背後に旧校舎(現大学三号館)、講堂。 農園作業は現在でも生物の授業として続いており、ジャガイモ、サツマイモ、タマネギなどを作っている。ガラス乾板。

PK005-015s

1934年2月10日、入学試験。整列する受験生の背後に旧体育館が見える。当日の教務日誌には「尋常科入試。採点5時に終わる。18日第2次試験。18日発表」とある。

PK005-011s

1935年4月17日。旧校舎(現大学三号館)での創立記念日の展示。教務日誌には「午前8時20分より講堂に於て記念式。9時10分終了。父兄会総会、父兄懇談会。午後4時、展覧会を閉鎖、一同中庭集合、万歳を唱して解散す」とある。また翌日午前には運動部の一部が競技を行った。

PK023-037s

1935年。7期生の軍事教練。狭窄射撃と呼ばれる小銃射撃訓練。 通常の尖頭弾ではなく、頭部の丸い専用弾丸が用いられた。 銃は旧体育館南翼の武器庫に清掃道具等とともに保管されていた。 中央の軍服姿は教練担当の紙田吉太郎専任講師(陸軍歩兵特務曹長)と思われる。

PK011-086s

1937年9月19日撮影。この日は日曜日だが、教務日誌によれば「午後2時より校長肖像画掲揚式を行い、終わって焼夷弾の実演を運動場で行う」とある。その後、天候が悪化し生徒販売の模擬店は室内体操場で、月見は大講堂での笙の演奏会となった。

PK011-026s

1938年撮影。17期生の農園作業。サツマイモを焼き芋にしての試食と思われるので、時期は晩夏か秋であろう。前年夏に日中戦争が勃発。この年の4月には国家総動員法が公布されている。

PK005-068s

1939年撮影。江馬務氏を招聘しての民族文化講義「日本容儀服飾史」に際して、 束帯の実物を着けた下條進一郎氏(12期)。下條氏は後に大蔵官僚を経て政治家となり厚生大臣を務めた。江馬氏の講義は5月24日から3日間行われ、尋常科3年以上が必修だった。

PK005-087s

1939年9月27日撮影。園遊会。教務日誌に「午後より運動競技、園遊会、月見会をせり」とある。月見会はこれまで何度か開かれいずれも天候に恵まれなかったが、この年は朧月のもと笙の演奏もあり、父兄来会者も7、80名あった。なお、9月1日にはドイツがポーランドに侵攻、第二次世界大戦が始まっていた。

PK006-017s

1941年、旧校舎(現大学三号館)屋上での愛日寮生。裏面に「大橋」の記載があり、 大橋弘利(13期)氏と同期生であると推測される。同年12月8日、太平洋戦争が始まり、19日には言論・出版・集会・結社等臨時取締法が公布された。

PK006-025s

1941年、旧校舎屋上で。左に宮澤弘(13期文)氏、右に廣瀬正和(13期文)氏。 宮澤氏は宮沢喜一(11期)氏の実弟。後に法務大臣、広島県知事などを務めた。
to-top